悠友組8月例会 三島・沼津の旅

沼津、三島の日帰り旅報告

品川 弘

ジオパーク、何回か聞いたことがある。いや、見たことがある。 と、感じたのは私だけではないのでは!
朝のバスの中で伊藤会長より配られた「日本列島・伊豆半島の成り立ち」を読み、長泉町に到着。事前にお願いしていた現地在住の牛島さんから長泉町のジオパークの解りやすい説明を聞きながら、1万年前の富士山の噴火により流れた三島溶岩で形成された溶岩塚の「割狐塚稲荷神社」、溶岩流の端にできた黄瀬川にかかる高さ9メートルの「鮎壺の滝」を見学。まさに”南からきた火山の贈り物”を目のあたりにして感激しました。旅ってどうして楽しいのか!?私的には目的地に一つでも興味をもつことが10倍、いや100倍の喜びを与えてくれる!!!そんなことを再確認してNEXTの旅組のイベントをワクワクしながら待ちます。とても楽しい一日をご一緒して頂いた参加者の皆さん、そして今回の旅をサポートして頂いた長泉観光交流協会の星谷事務局長、楽しいガイドをして頂いた牛島さんに大感謝です。 

沼津、三島の日帰り旅に参加して

吉村恵子

夏が戻って来たような好天に恵まれ、楽しい一日でした。
春日部を6時に出発して、伊豆半島のジオパークの一部の長泉町に着き、ガイドさんの説明で,割狐塚神社を見学。1万年前の富士山の噴火により流れた溶岩の上に建てられた神社で、ガイドさんの説明がリアルで、まるで1万年前にタイムスリップした様な感覚になりました。
3つの日本一が見れるスカイウォークはスリル満点!素晴らしい景色を堪能しました。
リーダーの品川さん、会計を担当して頂いた市川さん、会長、運転の及川さん、お世話になりました。
盛りだくさんの内容で、大満足な旅でした。有難うございました。
追伸
昼間は残念ながら富士山は雲に隠れて見えなかったのですが、帰りのバスの中で頂上が見えて、皆で歓声を上げました。会長さんは爆睡中で皆の騒ぎにも気付かず、残念ながら見れなかった様です。

2017年8月20日 棒ノ折山

棒ノ折山行に参加の皆様お疲れ様でした。

リーダー 豊島泰

棒ノ折山行に参加の皆様お疲れ様でした。
心配された降雨にも見舞われず無事終了出来てホッとしております。(とは言えもう一週間経ってしまいました。遅くなりすみません)
「さわらびの湯」バス停「集合」8:40分身支度の後、市川さんの音頭で体操(流石)。
バス停 9:00出発。有馬ダムと名栗湖を見つつ、白谷沢入口 9:25分着。登山届を出して愈々始まり。
下に沢音を聞きながら暫く山裾の道を登り、第一渡渉点に達すると奥に優美な流れを落とす「藤懸ノ滝」9:50着。ここで5分休憩。
ここからが、このコースのハイライトで流水を渡りながらの遡行になる。
左右の岩壁が迫った第一ゴルジュを抜け、立ちはだかる「天狗の滝」を左から超えれば息つく間もなく第二ゴルジュ。岩壁に阻まれながら水流際を行き正面の岩壁を鎖のついた石段を登ると「白孔雀の滝」上。(ここ何日か雨天が続いており水量多めで苦労されたでしょう)
10:45に林道着。10分休憩の後(岩茸石を経て)苦しい登りを「権次入峠」まで一気呵成(11:35着。5分休憩)さらに続く苦しい登りを踏破して11:57頂上到着。(お疲れ様ー。何も見えなかったけど)
昼食の後、12:35下山開始。
行きにパスした「岩茸石」まで、下りも一気呵成 13:05着。その後も何度か林道を横切りつつ、下山口の名栗川を渡る橋に14:36着。(最後、道間違えしてご迷惑おかけしました)
心配していた「さわらびの湯」の、メチャこみ状態も、悪天続きの影響か左程でもなく、サッパリしたあと喉を潤し、保険代を精算して「解散」とさせていただきました。(とはいえ同じバスしかなく東飯能・飯能まで)
今回も天気に悩ませられた山行でしたが、カンカン照りでもなく降雨もなく、この時期わりとラッキーな山行だったかもしれませんね。
参加の皆さんありがとうございます

 

 

 

8月20日、棒ノ折山(969m)と楽しかった沢登り山行記

及川 宏

棒ノ折山に昨年夏に奥多摩側百軒茶屋から登りましたけど名栗湖から登山道の景色はだいぶ違っていました。同じ山に登ってるんだと言う実感はずいぶん違うと思いました。沢登りは迫力あり楽しかったです。頂上着いて、あ、やっぱりおなじ山に来たんだと改めて実感しました。何と言っても沢登りは楽しいです。渓流釣りをしている時の楽しさも同じ感動があります。魚を釣る感動もありますが、今回の沢登り沢歩きの場面で、水面から石の頭が出てる所を眺めて考えて、そしてピョンピョンと渡って行くのが楽しかったです。何とも言えないワクワク感が生まれてきました。その後下りコースで何の役にも立たない足豆を作ってしまいました、今回の山行記念豆になってしまいました。もう一つの感想です、私が遅いからですが皆さん下りがとても早いんだ、凄いなと独り言を言いながら、皆さんに必死に付いて降りて来たかいがあり温泉後の自分に、ご褒美と勝手に言い聞かせてのニンマリと微笑みながらのビールが美味しかったです。豊島リーダさん沢歩きの感動有難うございました。そして美味しいお新香を、重いのにリック入れて頂上まで背負い上げたご馳走を戴き本当に美味しかったです。皆さんありがとうございました。

スリルに満ちた沢登りのあとの天覧山は美味!!

伊藤ユリ子

 西奥多摩と飯能の境に位置する標高969mの棒ノ折山の山行は「さわらびの湯」のバス停に集合という電車利用の登山でした。いつものバス登山のありがたみを感じながら15名、今にも雨が降り出しそうな中、午前9:25分白谷沢登山口を出発。濡れて輝く緑の葉のお出迎え、藤懸の滝のマイナスイオンをたっぷり受けながら、気持ち良く汗ばんだ頃沢登りが待ち構えていました。
 ここ数日降り続いた雨で増水した水流は、思った以上に流れも強く私たちの行く手を阻んでいるかのようです。「コルジェ」と呼ばれる両岸の岩壁が迫った谷筋では「どうやって渡ろうか?」と思わず足を止めて、遊友の仲間もひとりひとり真剣そのもの。バランスを崩すと足がふらつき水の中へポチャン!!。一気に渡らないと捕まる所もなく濡れた岩に滑って転んで流されてしまいます。おまけに傾斜もきつくなり鎖に頼らざるを得ない危険な箇所もあって、スリル満天!!。こういう時に調子に乗ってしまう私は、御茶の子さいさいとばかりにヒョイと飛んで着地でズッコケてしまいました(笑)。
 さすがに遊友の山ガールは一歩一歩着実に進み、無事難関突破!。やっと沢登りをクリアして関東ふれあいの道という道標を過ぎると岩茸石から権次入峠へと木立の中、景観も悪く蒸暑くて汗ビッショリ!!。
 「400段の木道は嫌だー!!」という女性軍のつぶやきを聞き入れて歩きやすい道を選んだリーダー。一瞬明るい陽ざしが見えたら、なんと頂上12時にピタリ。「ヤッター!着いたぞー!」展望もそこそこにテーブル囲んで楽しい嬉しいランチタイム。満腹になったところで12時30分下山。
 杉の植林帯は根っこが至る所に張り出ており、うっかりすると足を取られてしまいます。まっすぐに伸びた杉は静かに暗く霧が霞んで幻想的な世界をかもし出していましたが、長く長く続く蛇道に私の左足は悲鳴を上げてしまいました。やはりさぼった体は正直です。 下り2時間で「さわらびの湯」にやっと到着。汗を流してビールで乾杯!!。至福のひととき!、これがあるから山やめられない。天覧山のお酒も美味!!。
 「山をなめるな!、山は高さが問題じゃない!」と会長の叱責に素直に反省。日本一高い富士山も棒ノ折山もそれぞれの良さと面白さがありました。 
 天候に左右される夏登山の痛ましい事故を耳にするたびに ・日頃の体力作りの重要性・水分補給のタイミング・体力の限界の把握・天候に対応できる装備服装・信頼できる仲間との連帯感…複雑な思いでずっしりと胸に響いてきます。 
 年齢と共に登れる山が限られてくる現在、なんだか魔法にかけられたように山の自然の中に身をおきたいと思ってしまうのは私だけでしょうか?
 
 遊友ハイキングクラブの安全な山行のために1週間前に下見をして臨んだリーダーに感謝します。
 
 突然入ったニュースです。
 『岳人』9月号のP118に棒ノ折山の写真で、なんと 松島さんと同じアングルの写真が載っているそうです。ただ違うのは水量が多いこと。モデルは断然遊友ハイキングの勝ちだとか!、一見あれー!!!。 
 以上独断と偏見の実況レポートでしたー!!。
                      

悠友組8月準備例会「八ヶ岳富士見高原リゾート」

悠友(旅組)8月例会「心の糧がえられた1日」

浜崎敏子

①晴れの時 ②雨の時の2案を組んで8月6日出発。心配していた天気も「富士見高原花の里」に着いたころは、陽がさす上天気。色とりどりの花々は高原を包んで、お見事としか言いようがない美しさで、昼食はお蕎麦で舌鼓をポポンと打ち鳴らしました。あっズルルでした。
天気が良くなったからと御射鹿池(みしゃかいけ)にむかいました。「御射鹿池は東山魁夷の絵や吉永小百合のコマーシャルで知られ、今では絶景行きたいベストワンに選ばれているところ」と伊藤さん。あまり大きくない池ですが、周りの木々や青空が湖面に映えてコバルトブルー、私にはエメラルドグリーンに見えて感激しました。
次は縄文考古館、縄文時代にタイムスリップです。日本にある国宝の土偶は5体だとか。しかしここには『縄文のビーナス』『仮面の女神』の土偶があって、2体とも国宝だそうです(凄~い)。また土器には様々な文様が施されて繊細、かつ大胆な文様は現代アートに劣らなく、それ以上かも知れません。5千年前に造られたという土偶や土器に、ドキドキするほど心が打たれて感動しました。
諏訪湖を背景にして建てられている「原田泰治美術館」の絵画は、昔懐かしいふる里の自然と暮しを思い起こされるもので、心癒されるひと時になりました。またこの日は高橋まゆみ(人形作家)さんの作品が飾られていて(ラッキー!!)。お人形を見れば子どもの頃、自分の周りの人々は皆ほっこりしていたんだなぁ、と思いめぐらせ、あまりにも懐かしく胸が熱くなり泣きだしそう(ちょっとオーバーかな(笑))。
最後は諏訪大社上社と前宮。幽玄なお社で神様のおられる世界に…、その時です、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫色した7色の虹が現れたのです。しかも薄色した虹もかかって2本のレインボーブリッジが!!。「綺麗!」「こんなに美しい虹を見たのは初めて」と大感激。きっと神様が私たち悠友に素敵なプレゼントをくれたと思って、皆さんで夢と希望を託して手を合わせました。
参加者の全員のご協力で楽しく、素晴らしい平和の1日になりました。あっ、そうそう、今日8月6日は広島原爆の日。あわせて平和でありますようにとお祈りをしました。皆さんありがとうございました。

悠友組8月準備例会「八ヶ岳富士見高原リゾート」

渡辺悦子

猛暑の埼玉を抜け出したレンタカーは、定員の14人を乗せて一路富士見高原へ。そこは一面、今は盛りと色とりどりに咲き誇る目を見張るような百日草のお花畑でした。
高原と白樺の森を散策してお昼を食べた後も旅は続き、御射鹿池、縄文考古館、美術館、諏訪大社・・・個人ではとても一度に回り切れない観光地の数々を巡り、一万歩以上を歩きながら名勝の歴史と文化にふれ、見聞を広めることができました。
悠友組の立ち上げは第二の人生を迎える私達にとって、安全を確保しながら楽しく仲間とふれあって有意義な経験を積むことができる貴重な場になると思います。お互い助け合い協力し合いながら今後も続けて行けるよう夕方の虹に祈りました。

7月山行 富士山

チームワークを発揮した富士登山

富士登山リーダー 伊藤松雄

吉田口・山頂直下に建つ鳥居をくぐると「良かった、これで全員を登頂させることができた」と嬉しさあまって、「一足先に行ってメンバーを迎えよう」と走り出し『富士山頂浅間大社奥宮』と書かれた石碑にザックを降ろしてメンバーを待った。

 「お疲れさま、頂上ですよ」、先頭を歩いてきた松沢さんに手を差し出すと「あ~良かった。ついに来たんだ」と両手をだして肩ふるわせ、北山さんと握手をすれば「目がうるうるしてきちゃった」と言いながら、松沢さんと抱き合った。
 2人~3人の方が軽い高山病になったが、でも皆さん元気。メンバーの握手を返す力、輝く瞳、喜びあっている姿がそれを物語った。
 だが当初は、来年喜寿をむかえられる松沢さんやメンバー全員を頂上まで案内できるか不安はあった。
事前のミーティングで必要事項を確認した 
 そのために「富士登山ミーティング」をひらいて必要事項を確認しあった。それはチームワークの重要性とパーティー行動のあり方、そして高山病対策である。 
 富士登山の大抵は高山病(熱中症)になるか、ならないかで成否が決まるといっても過言ではない。加えて高齢者は若者に比べて低酸素状態になりやすいため注意が必要だった。 そのために次のことを徹底した。


 睡眠不足にならないために出発時間を4時から7時に変更し、体を高度にならすため5合目で1時間の休憩、宿泊小屋を8合目から7合目上部に変更した。水分は登る前からしっかりと補給して、30分ごとに休憩して水分を補給するようにした。
 「高山病は早く登ればかからない」と誤解している方もおられるが、高山病になりやすい大きな要因はハイペースで登ってしまうこと。もし体力が有り余っていたとしても、急に高度を上げずに徐々に体を高度に慣らして行くこと。また体が疲労すること自体も高山病を招き寄せる。
的を射ている言葉(行動)
 私はいつもながら「あせらず、じっくり、ゆっくりと」を合言葉にして「亀さん」に徹した。メンバーのひとりが「富士山ガイドの方々も、私たちと同じようにゆっくり歩いていましたよ」といっていたが、富士山を知り得ているからだと思う。
 とはいえ、富士登山の所要時間は5合目から頂上までは7時間(休憩含まず)。遊友のかかった時間は8時間(休憩含む)だったから、「私たちを追い越して行った人たちと頂上に着くのが同じでしたよ」という言葉は実に的を射ている。
 また疲れて呼吸が浅くなってくると、酸素を取り込めず酸素不足・高山病になる。そこで意識して深い呼吸をするようにした。
 具体的には、これ以上は入らないというくらいたくさんの空気をゆっくりと吸い、2~3秒息を停めて、今度は口を小さくすぼめてゆっくりと吐き切る。これは登山中にできないので「ハイ、深呼吸」といって立ち止まって酸素を取り入れた。
 くわえて、ザックのショルダーベルトの締め付けによって首や肩が凝り固まっていないか、呼吸するのに苦しくないのかを確認し「登りでは閉めない方が楽ですよ」と薦めた。歩き方も二本足を有効に活用する体重移動をアドバイスした。
 よく富士山で、酸素を購入して「高山病対策」と称している方を見かけるが、私はメンバーに水をちょくちょく取り入れて、血液がドロドロ状態にならないようにした(水は酸素より安く、酸欠不足に効果抜群)。
 言いにくいことに、「アルコールは呼吸を抑制する作用があって、高山病予防としては避けたほうがよい」といわれている。が、こともあろうに私は「リーダーのあり方」と称して市川、清水さんを小屋前にお連れして消灯までご託をならべていた。
久々に心晴ればれとした山行
 さて、チームワーク(メンバーシップ)、パーティー行動のあり方については遊友のホームページに書かれている。
 それは「自我を張らないで協調を保つ。メンバーひとりひとりがアシスタントサポートになる。パーティーを組んだら最も弱い人の実力(体力・装備)に合わせる。歩く速さも最も遅い人に合わせる」ことである。
 私は富士山帰りの車中「今回の富士登山はチームワークが大いに発揮されて嬉しい」と感謝した。それは「あの人が遅い」とか「あの人のせいで」ではなく、『仲間11人全員が協力し合って富士山の頂上に立とう』の志しでお互いをいたわり、励まし合って行なわれたからだった。

 とりわけ樋口、市川、清水さんら男性組のサポートには心地よいものがあった。
 ここでこれらをひとつひとつ紹介できないが、先に話した「自我を張らないで協調を保ち、ひとりひとりがアシスタントサポートになる」ことがずいしょに現れて、これこそが「山男の心」であると感じた。
 それは男性組に限ったことではなく女性組も同じだった。それを語るひとつに、山行後男性組を除いた『富士山打ち上げ会』を女性全員で行なったこと。これまでは男性(リーダー)のかけ声で開かれていたのだが、今回は男性を「無視」して行なったことは遊友がつくられて初めてのこと。それだけ女性組のスクラムとチームワークが強められたと感じている。
 遊友ハイキングクラブが作られて20年。久々に心晴ればれする山行で、20周年を飾るにふさわしい山行となった。
 メンバー皆さんのご協力に感謝申し上げます。ありがとうございました。

念願の富士登山

松沢扶美子

若い時は富士山は登る山ではない、見る山だ。なんて生意気なことを言っておりましたが、年と共に日本一の富士山に登るのが夢となりました。
 ちょうど10年前、遊友で富士登山が計画されましたが、運悪く頸椎骨折で入院。夢が遠のき、そのうえ年も重ねあきらめていたところ、今年の山行計画に富士山が…。
 無理を承知で総会のおり、会長に連れて行ってくれるか打診。12月の寒い時でなくても内心凍りつき、返事に困ったことでしょう。
 しかし晴れて今回の富士登山、危険因子の私はリーダーの後につき、歩き方、姿勢、呼吸の仕方を教わりながら歩を進めました。
 高山病も熱中症も、水分補給と呼吸の仕方で絶対大丈夫との会長の言葉を信じ、少しでも前に一歩を出せば必ず頂上に行けると自分に言い聞かせ、一歩一歩しっかりと足を踏みしめながらひたすら歩き続け、苦しさを乗りこえ、山頂に辿り着いた時は嬉しさと感動で北山さんと抱き合って、うるうる……。
 このことは、会長や仲間の力添えがあればこそ成しえたのに、誰かの言葉ではありませんが「自分で自分を褒め、よくやった、偉いぞ」と高慢な気持ちなった私に…天罰が!!。
 下りだしてしばらくすると、足がもつれたように感じたと思ったら、両膝に激痛が。
 ザックは男性陣に持っていただき、北山さんは、履いていた膝サポーターはずして私に着けてくださりました。着け始めは少し楽になって「これなら大丈夫…」と思っていましたが、すぐに激痛がはしって、一歩一歩が地獄になりました。
 しかし遊友の仲間の励まし、声かけがどれだけ嬉しくなったことか。痛さの涙より嬉しさの涙がまさり、お陰様でなんとかおりることが出来ました。
 無理を承知でこの年寄りを何とか登らせたいと、コース設定から高山病対策など考慮してくださった会長はじめ、気配りそして励ましてくださったメンバーの皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。
 そのうえドライバーの及川さんは、玄関前まで送り届けていただき感謝しきれません。
 素晴らしい仲間に恵まれ本当に幸せ者です。
 感動と感謝の気持ちを体中一杯にした、忘れることの出来ない素晴らしい富士登山となりました。
 皆さん本当にありがとう、心より感謝申し上げます。
感謝の気持ちが天に通じたのか、翌日はすっかり痛みはありませんでした。皆さんかさねてお礼を申し上げます、ありがとうございました。


やったぜ遊友11人・富士山を制覇!!


梅澤ミチ子

今回富士山に行くメンバーは、一部の人を除いて初めての経験でした。
 松沢さんは、田部井淳子さん(登山家)の生き方に感動され、今回富士登山にチャレンジしたそうです。
 松沢さんが登るのだから、その後ろについていけば私も登れると思い、また会長が「絶対松沢さんを頂上まで連れて行くんだ」と言っていたので、私も富士山に一度は登ってみたいと、あやかりました。
 7月22日、出発はいつもより遅い7時。及川さん運転で富士5合目を目指して春日部を後にしました。途中、八王子ジャンクション付近で渋滞に巻きこまれましたが、11時にガスが立ち込めた富士5合目に到着し、昼食をとって12時に出発しました。
 及川さんは5合目にある佐藤小屋に泊まって、翌日私たちを乗せて帰ることになっていましたが、6合目まで一緒に行って私たちを見送ってくれ、会長は、歩き方・呼吸の仕方・歩く姿勢・水のとり方などについて何度も教えてくれました。
 「あの小屋が今晩泊まる小屋」。「あと15分くらいで着くぞ~」と聞いたとき、あともう少しだ…と思ったら、いきなり大粒の雨が私たちを覆い、急ぎ雨具を着ましたがびしょ濡れ。自然の凄さ・富士山の「怖さ」を感じながら16時に小屋に到着しました。
 夕食はハンバーグ定食で生ビールが800円。私は2杯飲んでやめました。
 20時頃就寝し、翌朝(4時起床)小屋前でご来光を見ようと待機しましたが、残念ながら見られません。それでも足元には雲海が広がって富士山山頂付近も見渡せ、日本一のパノラマが広がっています。
 朝5時、いよいよ出発です。小屋は7合目の上部にあったため8合目までは順調でしたが、登るにつれて酸素が薄くなり、体力はそれほどでもないのに気持ちが悪くなったり、息づかいが荒くなって嫌になってきました。
 前を行く松沢さんは苦しくないのかな~?と、思いながら背中を見ながら登っていきましたが、苦しくなって、「もうダメだ~!、限界だ~!、ハクション大魔王の空飛ぶジュウタンを用意してくれ~!。女の人だけでも乗せてってくれよ頂上に!!」と頭の中で葛藤を繰り返し、女性軍の一部の方が軽い高山病になって笑いが消えていきました。
 しかし途中で会長が駆けだすと、登山道を曲がりくねったところで私たちを待ちうけていました。
 「お疲れさま、よくがんばったね」と、ひとりひとりに握手をしています。えっ本当、本当に頂上に着いたの…とびっくりました。だって、頂上着が10時だったのに、まだ9時です。でもすぐ嬉しくなって、「やったぁ~、やったぁ~!!」と思わず叫んで、会長、そして皆さんと握手をしました。本当に嬉しいのひと言です。
 それは会長の気配りと参加者皆さんの協力で実現できました。会長、遊友の皆さん、ありがとうございました

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